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2018年5月13日日曜日

国宝とは何物ぞ Qu’elle est la véritable richesse d’un pays ?

京都・青蓮院にあったお言葉。心に響いたので記しておきます。




















Un paravent de SHOREN-IN à Kyoto

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Qu’elle est la véritable richesse d’un pays ?
C’est les coeurs qui cherchent le droit chemin.
Les personnes possédant cet esprit représentent un trésor indispensable à un pays.

Nous disons que ce ne sont pas des biens tels que des bijoux qui sont pas le vrai trésor d’un pays

Mais plutôt les personnes qui éclairent la société, même issues des ses plus infimes endroits.

Denkyo daishi, Saichô
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国寶とは何物ぞ
国寶と為す
故に古人の言はく




寶とは道心なり
道心ある人を名づけて

径寸十枚(けいすんじゅうまい) これ国寶に非ず

一隅(いちぐう)を照す
これ則ち国宝也と。
傳教大師之法語

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国の宝とは何か

宝とは 正しい道を求める心である。
この道心を持っている人こそ
社会にとってなくてはならない国の宝である。

だから昔の優れた人は言った。
「直径3cmの宝石10枚が国の宝ではない
社会の一隅にいながら社会を照らす生活をする
そういった人こそが、なくてはならない国宝である」と。
伝教大師 最澄

2018年1月19日金曜日

何も持たない人







何も持たない人でも

今日という日を

持っているのです

2016年4月5日火曜日

人を褒め続けると、自分も輝き始めます。



数年前までは私も今のように前向きにはなれず、

自分ではどうしようもならない状況に悩んでおりました。



努力がたりないと自分を責めて

自分のいる環境が悪いのだと周りを責めておりました。





他人への愚痴ばかり出てしまう時もありました。



そんな時、これに出逢いました。あるサイトの片隅に広告のように表示されていたのですが、気になってクリックしたら衝撃を受けました。



(幾つかの音声が合成されておりますが、最後までお聞きください。文字のほうがいい方は解説欄にリンクがあります。)







このお話を聞けて幸せです。

公開してくださった方に感謝いたします。





褒めるところなんて何もない上司を「達人」と呼ぶあたりで大笑いし、心の凝りが溶けていきました。


他人や環境の批判ばかりしていた私を変えてくれた、大切なお話です。





私も一生続けていこうと思い、「自分ノート」に「私の使命」として書き込みました。










私と同じように、この動画で心が優しくなれる方がひとりでも増えれば幸いです。



ありがとうございます。

感謝いたします。







2015年4月10日金曜日

あなたは何をしますか?復讐?許し?無視?


「弱い人間は復讐する。

 強い人間は許す。

 そして賢い人間は無視をする。」



いくつか例を挙げます。


いじめられた
失敗を笑われた
悪い点数をとって怒られた
嫌味を言われた
嫉妬された
大切にとっておいたお菓子を他の人に食べられた
昇進するはずだったのに他人に取られた
走行中に急に割り込まれた
・・・
・・・
・・・


さて、あなたは相手に対してどういう行動を取りますか?


反論しますか?

恨みますか?

力づくで意見しますか?

目には目を歯には歯をの復讐をしますか?

その場ではグッと堪えますか?

裏で悪口言いますか?

仲間を集めて反論しますか?


それとも


自分は知ったこっちゃないと無視しますか?

他にやることがあるし、そんなのに気を取られている暇はないと無視しますか?




復讐するということは、相手を責めることになります。
あんたが悪い!と主張することですね。

これはたぶん、双方の心の奥に傷が残ります。


ではグッとこらえて許しますか?


これができたら「強い人」ではありますが、自分だけが我慢するイメージですね。


私がおすすめするのは、、、

完全無視!


です。

いいたい奴には言わせておく!

ちょっとぐらい被害にあっても、無視無視。


「自分は今のままでも価値がある!」

自分は今のままでいい点がたくさんある!

他人から見た自分の姿にも興味が無い!

だから他人からの横槍なんて関係ありません。



夢100個を書いている方はお分かりだと思いますが、それらを実現するために今やるべきことはたくさんあります!

他人からのヤジを気にしている暇なんてありません!


今のご自分に自信を持って、ご自分を大切に每日過ごしていきましょう!

ありがとうございます。
感謝いたします。
(^_^)














2015年2月24日火曜日

心に明かりを。(^_^)


「心病多しといえどもその本は唯一つ、いわゆる無明これなり」

弘法大師 「十住心論」 


「心の病気はたくさんあるけれども

 その本当の原因は

 自分の本当の心を知らないことにある」


======================

私たちは大なり小なり思い悩んでいることがあると思います。


病気、家族、人間関係、将来、経済事情、、、




それを改善する方法が見つかれば、それを行っていけばいい。


ですがもしその方法がわからない場合は?
光が見つからない場合は?



例えば、今取り組んでいることがうまくいかないとします。

解決方法が見つからずに悩んでいます。
光なんか見えてきません。
どうすればいいかわかりません。


どんよりした心で悩んでいたら、たぶん打開策は見つかりにくいでしょう。


そういう時は、、、



それが解決した時の自分の姿を思い浮かべてみてください。



その姿を口で言ってみたり紙に書いてみるほうがはるかに効果的なのでおすすめです。


書いてみるとわかりますが、どんどん乗ってきて、幸せな自分がどんどん出てきます。


夢物語すぎる
バカバカしい
そんなことはありえない

など悲観的な思いは排除して、✨幸せな自分だけを想像してみてください。



上に挙げた弘法様のお言葉には深い深い意味があると思います。

私はあれこれ考えず、こう解釈しました。


悩みの原因が無明なら明かりを灯せばいいんだ!

夢物語でも書き出して楽しくなろう!それを光にしよう!

今自分が持っているもの(家がある!食べ物もある!生きている!)はこんなにある!それだけでも幸せ! これらは私の大切な光なんだ! 



暗闇にどっぷり浸かるのとその中で光を見だすのと、どちらがいいですか?



どんな状況でも、そこで光を見つけることができたら、たぶん笑顔で前に進めますよね。



お読みいただきありがとうございます。

今日もいいことがたくさん起こりますように!

感謝いたします。
























2015年2月17日火曜日

この人を褒めるにはどう言えばいいだろう?


私が信じていることの1つに、「自分が出したものは自分に返ってくる」
というのがあります。

以前は愚痴ばかり言っていた私ですが、いまはそれを止めました。

代わりに長所を探すようにしています。


今日の話題は「人を褒める」

下記の音声、34分〜 斎藤一人さんがご自身のお母様のことを語っておられます。

とても面白く、かつ深いお話です。

・学校嫌いの子供を褒める
・○○を目指したいという子供を褒めながらも方向転換させる
・特技がない子供を褒める


そのお母様を見習って、「目の前の人を褒めるにはどう言えばいいだろう?」とずーっと考え続けて実践してきたということです。



「お弟子さんを褒め続けたら、皆が本を出せるほどになりました」

というのはもちろん一人さんのお力だとは思いますが、この音声を聴くだけでも今の私たちにもできることがたくさんあります。



「幸せだ、幸せだと言い続けた人の後ろに、幸せの道ができています」
斎藤一人


ありがとうございます!
感謝いたします。






2015年2月14日土曜日

人が育つ魔法の言葉!


以下の引用文は子供について書かれていますが、これは大人と接する場合も同じだと思います。

特に一つ屋根の下で暮らすご家族にも同じ気持を持ち続けていたら、、、、

毎日の暮らしがとても幸せに変わります。
お試しください!(^_-)-☆

===================

『子どもが育つ魔法の言葉』ドロシー・ロー・ノルトより。

期待しすぎると、
子どもは疲れてしまう。

規則で縛りつけると、
子どもは抜け道を探す

何でも言うことを聞いていると、
子どもは自己中心的になる。


失敗ばかりさせていると、
物事を途中で投げ出す子になる。


約束を破ってばかりいると、
子どもはやる気をなくす。


否定されてばかりされていると、
子どもはどうしていいか

わからなくなってしまう


・・・・・・


子どもの気持ちを大事にすれば、
子どもは思いやりのある子に育つ。


信じてあげれば、
子どもは本当のことを話してくれる。


親が自分に正直に生きていれば、
子どもも自分に素直になれる。


子どもに任せれば、
子どもは責任感を持つようになる。


親が自立していれば、
子どもも自立の芽を伸ばす。


健康な生活を送っていれば、
子どもは体を大切にする。


支えてあげれば、
子どもは明るい子に育つ。


違いを認める家庭であれば、
子どもは生き生きする。


あたたかい目で見守ってあげれば、
子どもはやさしい子に育つ。


子どもを信じて未来を託せば、
子どもは頼もしい大人になる


===================



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2015年2月12日木曜日

ピンチをチャンスに変える魔法の質問


トラブルが発生して困ったと思ったときに
それをチャンスに変えてくれる
3つの魔法の言葉がある。
自分自身に次の3つの質問をしてみるのだ。

「この出来事は 何のチャンスだろう?」
「この出来事は 自分に何を教えようとしているのだろう?」
「この出来事から 自分がさらに成長することはできないだろうか?」


困ったと思い続ける限り
困ったことがやってくる。

しかし上記のように自分に質問をした途端
意識が3秒で変わる。

「困った波動」から瞬時に抜け出せるのです。

まさに魔法の質問。

「すべての出来事は
前向きに考えればチャンスとなり
後ろ向きに考えればピンチとなる
問題が起きたことが問題ではなく
どう考えたかが本当の問題である」


すべてがあなたにちょうどいい。


すべてがあなたにちょうどいい。

今のあなたに今の夫がちょうどいい。

今のあなたに今の妻がちょうどいい。

今のあなたに今のこどもがちょうどいい。

今のあなたに今の親がちょうどいい。

今のあなたに今の兄弟がちょうどいい。

今のあなたに今の友人がちょうどいい。

今のあなたに今の仕事がちょうどいい。

死ぬ日もあなたにちょうどいい。

すべてがあなたにちょうどいい。

釈尊



今のあなたは誰かを批判したりしていませんか?
「あんなことをするなんて信じられない!」
「非常識すぎる!」
「思いやりが足りない!」
「要領が悪い!」

そのとき相手はあなたのことをどう思っているでしょうか?

間違っていたらごめんなさい。


でも、、、


たぶん、、、


相手も同じようなことを考えていると思います。



「類は友を呼ぶ」


ともいいますが、似たもの同士は近くに集まっているんです。


そういう意味で、


その相手は「今のあなたにちょうどいい」のです。




ではその「類友」から抜け出すにはどうしたらいいのでしょうか?


・縁を切る
・完全無視。視界に入れない。
・今までどおり非難し続ける。
・自分が人格者になり、大きな心で包み込む。
・短所ではなく長所を見るようにする。
・相手には何も言わずに自分が好例を見せ続け、事前と気づいてくれるのを待つ。



他にもいろいろあると思いますが、ぜひとも心がワクワクすること、笑顔が増えることを選んでいただきたいと思っています。




お読みいただきありがとうございます。
感謝いたします。
(^_^)


2014年12月15日月曜日

「くれない族」とお別れする。


普通に主婦業をしていても、自分の心の癖に気づくことが多々あります。


例えば日々の料理。

心を込めて丁寧に作っている場合を想定してください。

そんなこと滅多にないとか、忙しくて毎回ただ何となく作っているだけとか、いろいろな雑念が出てきてもそれは無視。気持ちよく作っている場合を思い浮かべてください。


作っている時は
「美味しいと言ってくれるかな?」
「喜んでもらいたいな!」
「久しぶりにあのお皿を使おう!」
など楽しいことばかり浮かんでくると思います。


ただ純粋に
「相手に喜んでもらいたい」
と思っているはずです。


食卓での楽しい会話を想像しながら作っていることと思います。



いざ食卓につき、家族やパートナーを目の前にすると、期待してしまいませんか?



「美味しいよ!」


と言ってくれることを。





私はしょっちゅうそう思っていました。


「いつ言ってくれるかな?」
「時間かけたんだし、美味しいはずだよね」
「でも普通に食べてるなぁ…」
「あれ、もうそろそろ終わっちゃう…」


で、

「ごちそうさま。」




そして離席。






こういう場合、私の心は穏やかではありません。

「せっかく作ったのに!」
「一生懸命作ったのに!」
「今日のは特別なのに!」
「時間かけて作ったのに!!」
ヾ(*`Д´*)ノ"ヾ(*`Д´*)ノ"



こういうことを何度も何度も経験し、ようやくわかりました。


私は「美味しいよ」と言ってもらうために料理をしていたんだなと。

私は料理をしていることを褒めてもらうために特別な思いを込めていたんだなと。



料理をしている途中ではそんなことは微塵にも感じていなかったし、実際に心をこめて作っていたし、、、


でも結果として不機嫌になった。(^_^;)



美味しいと言ってもらうことや日々の料理を褒めてもらうことは、気持ちが自分中心になっています。


そうではなく、純粋に相手のことだけを思う、


「自分から相手に何かを与える」


という軸になっていなかったのです。

















右:
大きく見てもらいたい「自分」
他人から「〜してもらいたい」と思っている自分

左:
もしかしたら十分な力はないかもしれない「自分」
でも外部には太くたくさん関わっていたい「自分」


現在は 左の自分を目指しています。他人のために何かできることがあるというだけでも感謝しています。(^_^)




最後にノートルダム清心学園理事長の有名なお言葉を載せておきます。
ゆっくりお読みいただけたらと思います。


ありがとうございます。
感謝しています。




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【 置かれた場所で咲きなさい 】

初めての土地、思いがけない役職、未経験の事柄の連続、
それは私が当初考えていた修道生活とは、あまりにもかけはなれていて、
私はいつの間にか“くれない族”になっていました。
「あいさつしてくれない」
こんなに苦労しているのに
「ねぎらってくれない」
「わかってくれない」
自信を喪失し、修道院を出ようかとまで思いつめた私に、
一人の宣教師が一つの短い英語の詩を渡してくれました。

その詩の冒頭の一行、それが「置かれたところで咲きなさい」という言葉だったのです。

岡山という土地に置かれ、学長という風当たりの強い立場に置かれ、
四苦八苦している私を見るに見かねて、くださったのでしょう。

私は変わりました。
そうだ。置かれた場に不平不満を持ち、他人の出方で幸せになったり
不幸せになったりしては、私は環境の奴隷でしかない。
人間と生まれたからには、どんなところに置かれても、そこで環境の主人となり
自分の花を咲かせよう、と決心することができました。

それは「私が変わる」ことによってのみ可能でした。

いただいた詩は、「置かれたところで咲きなさい」の後に続けて、こう書かれていました。

「咲くということは、仕方ないと諦めることではありません。
それは自分が笑顔で幸せに生き、周囲の人々も幸せにすることによって、
神が、あなたをここにお植えになったのは間違いでなかったと、証明することなのです」

私は、かくて“くれない族”の自分と訣別(けつべつ)しました。
私から先に学生にあいさつし、ほほえみかけ、お礼をいう人になったのです。

そうしたら不思議なことに、教職員も学生も皆、明るくなり優しくなってくれました。

「置かれたところで咲く」

この生き方は、私だけでなく学生、卒業生たちにも波及しました。
 
結婚しても、就職しても、子育てをしても、「こんなはずじゃなかった」と思うことが、
次から次に出てきます。
そんな時にも、その状況の中で「咲く」努力をしてほしいのです。

どうしても咲けない時もあります。雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、
そんな時には無理に咲かなくてもいい。その代わりに、根を下へ下へと降ろして、
根を張るのです。

次に咲く花がより大きく、美しいものとなるために。

出典:置かれた場所で咲きなさい
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2014年4月15日火曜日

諦めずに継続する才能


本日、私の心に響いた言葉です。




何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。

羽生善治